銀盤にて逢いましょう “宵の逢瀬の…”

       “コーカサス・レースが始まった?” その後





別段、その行動にどうこうという打ち合わせをしていたわけじゃあない。
此処が地元という頼もしい顔ぶれも混ざっての道行きなので、
立原や銀ちゃんを始めとする若い衆が
北国から来た顔ぶれへは道案内とそれから、ちょっとした護衛もかねてついており。

 『銀ちゃんなんて、
  あの奥ゆかしい見た目を裏切って
  体術とナイフ捌きじゃあ中也が折り紙つけるほどの辣腕だからね。』

芥川くんが護身術なんて習い始めたのを知って、
じゃあ自分もって順番だったから、手を付け始めてほんの数年ほどしか経ってないのに、
トンファー操らせたら半径10m 無人くん化しちゃうんだよと、
どこまで本当か太宰さんが褒めて(?)いたほどで。

 『さすがはあの芥川の妹御ということなのか?』
 『さあ。』

何もかんもあの頃と同じとは限らないけれど、
例えば、さほど喧嘩には縁がない暮らしようをしていたはずが、
なのにも関わらず、乱闘に遭遇した際 そりゃあ上手な身ごなしを見せ
勘が良かったり反射が鋭いまま難を逃れてから、
そんな自身の反応へ他でもない自分で驚いて、そのまま記憶が戻った例がどれほどいたか。

 “異能まではさすがについて来てねぇの、歯がゆいとまでは思わんが…。”

あの頃からの延長と ついつい思い違いをしてしまうのが、
ちょっとした困惑を招いて歯がゆいなぁと。
自制心も自尊心も強くて高い中也辺りは、
誰かさんの飄々とした顔を見るごとに、時折そんな苦々しさに もやんとするらしく。
なにも異能だけが自尊心の源ではなかったし、
第一、この優男を相手には役に立たなんだ飛び道具でもあったのに。
それでも、此奴と対等な“相棒”たらしむ要素ではあったと、
そんな想起をし、そんな自分へ歯噛みするもどかしさ。
ふるふるとかぶりを振り、つまらないこと吹き飛ばし、
改めて連れを見やれば、丁度彼の側からも視線が向いていて、

 「陽が落ちてもやっぱり暑いよねぇ。」

いつの間にか二人だけになってた相方の太宰の言いようへ、
おうとかどうとか もしょもしょ応じている。
彼もまた浴衣姿でおり、それが意外に似合っているのへついつい目がいく。
濃紺一色に見せて、
間近に寄れば実は独特な自在な筆致での奔流を現すモダンな染めなのが心憎い仕立て。
銀灰の帯を貝ノ口に締め、かっちりした肩や広い背中が映えるようゆったりと着付けているのが、
淑とした美貌にしっとりと映えての相乗効果が凄まじく。

「おっと。」

会場のあちこちで宣伝を兼ねてだろう配られていた団扇で片やの手を塞ぎ、
照れくささへの言い分けででもあるかのように、
胸元近くでパタパタと小刻みに扇いでいた中也だったが。
周囲に居合わせた人垣に押されたか、太宰の方からちょんと肩先へその胸元を寄せて来て、

「随分と混み合ってきたようだね。」

痛くなかった?不意を突かれちゃったよごめんねと、
柔らかく苦笑するお顔、思わぬほどの近距離で見上げることとなり、

 「〜〜〜〜。////////」

予期しなかったせいもあって、かぁっとお顔に血が上る。
その長身を離れて眺める分には気づけぬが、実は結構 精悍な君でもあり。
線の細い端正な面差しだが、
ここ一番という勝負どきには覇気の満ち満ちた雄々しいお顔もしないじゃあない。
そんな顔を恐らくは一番多く見てきたろう中也としては、
何てことない素顔にもあっさりとその欠片を見いだせてしまう。
それがひょいと間近に寄って来たものだから、
実をいやぁ 故意にやや除けるように構えていたがため
まだまだ慣れの薄い身、
ひゃあぁと心臓が躍り上がって慌てかかったハマの女傑だったが、

 「…ねえ、花火は見たいけど人込みは勘弁だよね。」

周囲の誰ぞに聞かれたくはないからか、
こしょりと低いお声で囁かれ、

 「………あ、ああ。そうだったな」

此処は自分の遊び場も同然の地ゆえ、穴場は山ほど知っていると、
夕食後の談笑の中でも大船に乗った気でいんさいと自慢げに語ったばかり。
雑踏に酔ったらいけないからね、
いざとなったら花火はよく見えるが人はいなかろ穴場とやらへ
足を運ぼうじゃないかと訊かれているのへ気づくのへ、
機転の利く彼女にしては珍しくもほんのちょっとだが間が要ったものだから。

 “…おやまあ。”

あれれぇ?これはもしかして、あのその少しくらいは期待していいものかと、
策士殿は策士殿で、日頃の自信はどこへやら、
ちょっとほど慎重そうな感慨を胸の内にて零していたりする。
あの頃ほどの切った張ったとは縁遠くなってる分、
そして…揮発性の高さでしのぎを削り合ってた相棒が
何とまあ かつての自分の理想にも匹敵しよう それは嫋やかな女性としてすぐ傍らへ戻ってきた分、
こっちもこっちでいろいろとあるらしい。(笑)
そんな疚しさから意識がおろそかになっていたものか、

 「…痛っ。」

慣れない下駄で躓いたか、中也が不意にしゃがみ込む。
転ぶところまではいかなんだが、
気丈に立ち上がろうとしたがそのまま力なくへたり込むとは、相当痛いに違いなく。

「ほら。」

腕を伸べて掴まりなよと、言わなくとも通じそうな所作を見せた太宰だったのへ、
ううんとかぶりを振るところが相変わらずで。

「…いい。」
「よくない。」

言葉を重ねられ、自分が彼の側ならそうしたことも重々判るものだから、
駄々っ子みたいでそれもまたみっともないと口許噛みしめるのへ、
ずんと間近から柔らかな声が届いた。

「痛い目見た君には悪いけど、私には途轍もないご褒美の理由だ。
 どうか抱え上げることを許しちゃあくれまいか。」

「…っ。//////」

この辺りまでくれば人目もないのだし、構やしなかろう。
傍らへ膝をつくほど屈まれて、そうと続けられては意地を張ってもしょうがない。
恐る恐る見上げたお顔は夜陰にも紛れずの優しい笑みをたたえており、
他の女ならコロッと行くんだろうななんて可愛げないこと胸の奥底で思いつつ、
その割に、伸ばした手はちょっとおずおずと遠慮気味。
それを途中から掴み取り、此処へと導かれたのは肩より向こうへ。
途端に身に押し寄せる温みや何やに眩暈がしそうだったれど、

「ん…。」

鬱陶しい蓬髪ごと抱え込んだ、首っ玉にしがみつきの、
着痩せして見えるが実は幅のある肩へと顎先を載せのして、
洋花の匂いを堪能し。
深くて広い懐ろへ、ぎゅむとしがみついたその上で、
堅い筋骨へと押しつけるようにして、胸板同士を張り合わせ、
大好きな温みを確かめて。

 「どっちへ向かえばいいのかな?」
 「そこの痴漢注意の看板の通りへ入る。」

選りによってそんな指示出さなくてもさぁと、
夾竹桃の生垣の前を突っ切っての、それでものんびりとした歩調でたかたかカラコロ、
ちょっと芝居がかった格好の道行き、堪能したお二人さんだったようだ。








to be continued.(19.08.07.〜)


BACK/NEXT


 *うわぁ、凄い間が空きましたね、すいません。
  お盆1週間がとにかくハードで、
  休みだった他の人のお仕事まで回ってきてしわ寄せウィークだったもので。